2013年

2月

07日

CARPE・FIDEM(引きこもり支援機関の一つ)様へ

「それを言っちゃあおしめえよ」という、寅さん映画の台詞をご存知の方も居られるかと思います。CARPE・FIDEMさんの中のどの方が言われたのか知りませんが、「30代・40代の引きこもりは詰んでいる」とはどういう事でしょうか。そもそも、「人生が詰んだ」とは本当はどういう状態を指すのでしょうか。

 

私は、「死かそれと同然の状態にならない限り、人生に『詰み』は無い」と考えます。生きている人間に向かって「人生詰んでいる」と面罵する事は、それこそ「それを言ってはおしまい」なのです。仮にその人たちの人生が本当に詰んでいるとしたら、貴方々はどうなさるおつもりですか?まさかアウシュビッツ強制収容所の再来の様な機関を作って、そこに放り込んで虐殺しろと主張なさる訳ではありますまい。

 

私の様に病気をし、更にアダルト・サヴァイバーにされてやっと30代から自分の人生を歩まねばならない人間もいます。他にもそれぞれ事情のある人はいる事でしょう。そういう人々を正しく支えるために、貴方々は活動しておられるのでしょう?それを「何歳から上はもうダメ」と切り捨ててしまう事は、捨てられた子犬を可哀想だからと拾いながら、老犬になってみすぼらしくなったからと、もう一回捨ててしまうのに等しい無責任です。

 

確かに、中年かそれに近い人の社会参加(ここでは一般的なサラリー生活者になる事、またはそうなれる準備をする事)には難しいものがあります。私とて、どうしろとアドバイス等は出来ません。しかし、「全年齢の引きこもり支援団体」を標榜される方々が、「何歳以上は無理」と言われるのは間違いです。全年齢が無理なら、初めから「○○歳以下の引きこもりを支援する団体です」とはっきり断っておくべきです(断っていたなら見落としを失礼します)。もしくは、初めから活動すべきではありません。最悪の手術とは手術しない事ではなく、手術を途中放棄する事です。

 

私見ですが、引きこもりに陥る人々の感性の細やかさには、何度も物事を考えさせられた事があります。そういう細やかさが、現代においては「非効率」と見做され、切り捨てられている様に思えます。そういう美点を多く掬い上げて頂きたいと思うのは、私の贅沢でしょうか。「支援団体」を名乗られる方々には、御一考をお願いします。